岩崎勝太郎

From Wikipedia, the free encyclopedia

岩崎 勝太郎(いわさき かつたろう、1914年10月8日 - 1991年5月10日)は、日本実業家経営コンサルタントで、元岩崎勝商事社長。三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫として東京都に生まれた。学歴東京帝国大学法学部政治学科卒業称号(現学位)法学士(東京大学)。岩崎勝太郎の父・岩崎豊弥郷純造の四男として生まれ、数え2歳で弥太郎の養子となった。

祖父の弥太郎に似て事業旺盛な人物として知られ、勝太郎が社長を務めた岩崎勝商事(のちに岩崎商事と改称)は三菱商事の契約の代行をする企業として隆盛をきわめた。だが資金難に陥ったため1979年に岩崎商事を清算し、勝太郎は経営コンサルタントに転身した。 実業家時代はコメット産業・岩崎勝商事・岩崎商事の社長を務める傍ら萬商、高陽化工材、堀越工務所の取締役を務めた。勝太郎の人となりや岩崎商事が資金難に陥ったことが『週刊新潮1978年11月30日号に取り上げられ話題になったことがある。

略歴

家族・親族

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI