岩永美保
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ダーツのプロツアー開催以前からアマチュアのツアーであるPHOENIX CIRCUITで年間総合1位を獲得するなど活躍しており、プロツアーのPERFECTに開催初年度の2007年より参戦する。2007年、開幕戦の千葉大会で優勝するとその後も順調にポイントを獲得し、同じくトリニダードに所属する宮本奈実、松本恵と接戦になりながらも、終始ランキング1位を譲らず、11戦3勝、2位2回、3位4回の成績で年間総合優勝を果たし、PERFECTの初代チャンピオンに輝いた。また、同年12月には日本最強地区を決める団体戦の砦に地区チームではなく、松本、宮本らと共に女性のみのチームとして参戦して、ベスト4で星野光正率いる前回優勝チームを破るなどの活躍を見せ、準優勝した。
2年目の2008年も序盤は宮本、松本らとの接戦となるが、第5戦から怒涛の6連勝[1]で最終戦を待たずして優勝を決め、2連覇を達成する。終わってみれば12戦9勝[2]で、2位の宮本に200ポイント近い大差を付けての圧勝だった。同年はプロアマ問わず参加可能なPHOENIX CUPでも優勝を重ねており、PHOENIX CUPなどが対象となる九州プレミアムサーキットでのランキングでも総合1位となった。また、12月にはD-CROWNの最終戦にも参加しており[3]、優勝している。
2009年のPERFECTはまたも宮本、松本らとの接戦となる。中盤以降は宮本、松本らにリードを許し、最終戦を前にして宮本、松本らがベスト4に進出せずに岩永が優勝すれば総合優勝の可能性があるポイント差で3位につけたが、最終戦で3名ともベスト4に進出したため総合3位に終わった。また、3月に行われた第3回日本ソフトダーツ選手権にも参加しており、優勝している。
2010年も開幕戦の千葉大会から2位と順調な滑り出しを見せ、に勝ち星とポイントを積み重ねる。松本とランキング1位が何度も入れ替わる大接戦の展開だったが、1位の松本と9ポイント差の2位で最終戦を迎え、最終戦のベスト16で、松本との直接対決となり、これに敗れて総合2位となった。
2011年、第2戦の宮城大会の前日に東日本大震災があり、前日入りしていた岩永は他のプレイヤーと共に被災した。ツアーも震災の影響を大きく受ける中で行われ[4]、岩永は開幕戦から予選落ちや決勝トーナメント初戦敗退などが続き、不調だったが、9月の第10戦岡山大会で約1年ぶりに優勝する。しかし、その後も予選落ちなどが続き、総合12位に終わった。
2012年も不調が続いたが、最終戦でベスト4に入り、3位と健闘し、総合12位となった。また、最終戦終了後に年内をもってプロ活動を休止することを発表した。
ダーツ セッティング
- バレル:TRiNiDAD Oscar Type 2
- シャフト:L-style LARO サイレント C260 クリアピンク
- フライト:L-style Flight-L MIHOフライト クリアピンク スモール
- チップ:L-style リップポイント ホワイト