慶應義塾大学では商業政策、貿易理論、独(英)語経済学の講義を担当した[2]。山本登は「論理的にして明快な講義は学生の人気の焦点」「研究会指導には非常な熱意を愛情を以て取り組まれ、同君を囲む単なる師弟関係を越えての多数学生の綿密な集いに我々も度々羨望の目を投じた」と述べている[2]。慶應義塾大学以内にも、東京農業大学でも講師として商業政策の講義を担当した。国際経済調査所の研究員としても研究活動を行った[2]。
研究面に関しても、山本登は、「我々の胸を打つものはその学問的良心と情熱、さらには論理的な才能と豊かなる着想力であった。あの均整のとれた小柄の体の何倍にそれ丈けの力が潜むと疑わしむる程、学問に対してはひたむきな努力を注がれ、知識を論理的に系統化され、次から次へと新たな構想をたてられていった」と述べている[2]。
古典派貿易理論の吟味と近代的貿易理論の発展を目指した研究を行い、貿易理論と金融理論の融合を検討した[2]。門下に白石孝がいる[1]。山本登は岩田の後輩にあたる。