岸川雄二
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佐賀学園高時代は、若林隆信とのバッテリーで2年、3年夏の甲子園に出場。
その後、神奈川大学では捕手、指名打者としてリーグ屈指の強打者として活躍。1995年春には7試合連続を含むシーズン最多本塁打の8本を記録するなど[1]、4年間で神奈川大学野球連盟の記録となる通算本塁打22本を記録。最多打点3回、ベストナイン2回[2]。
1995年のドラフト4位で西武ライオンズに入団。打撃を生かして野手となるが、1軍出場することなく、2000年限りで退団した。なお1997年4月7日に保育園時代からの幼馴染である女性と結婚、同年9月4日には双子の女児が誕生している[3]。
引退後は3年間、地元・佐賀県の建設会社に勤務[1]。2005年より九州総合スポーツカレッジ(専門学校)の硬式野球部監督を務めた後、2014年から母校・神奈川大学野球部コーチに就任[1]。2018年より監督に昇格[4]。