岸田杜芳 From Wikipedia, the free encyclopedia 岸田 杜芳(きしだ とほう、生没年未詳)は、江戸時代の戯作者、狂歌師。黄表紙や狂歌に作品を残した[1]。桜川杜芳とも[1]。通称、岸田豊治郎[1]。狂号、言葉綾知[1]。 寛政年中に没したとする説と、1788年(天明8年)に没したとする説がある[1]。前者は杜芳の黄表紙が1793年(寛政4年)まで刊行されたことに由来するが[1]、後者の由来は不明[1]。 江戸芝(現在の東京都港区)神明前三島町に住む表具師であった[1]。杜芳の活躍はいずれも天明期に集中しているが、それ以前の事蹟や活動は不明[1]。黄表紙は『擲打鼻上野』(天明2年刊)をはじめ、約20作品を残した[1]。作風は歌舞伎趣味が濃厚で、ほどよいうがちが見られる[1]。狂歌の分野では狂文が得意だった[1]。 脚注 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 日本古典文学大辞典編集委員会『日本古典文学大辞典第2巻』岩波書店、1984年1月、126頁。 外部リンク 『岸田杜芳』- コトバンク この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。表示編集 Related Articles