岸田麗子
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岸田劉生と岸田蓁の娘として生まれる。
鎌倉女学院在学中の1929年(昭和4年)に15歳で父を喪う。1937年(昭和12年)武者小路実篤の新しき村で知り合った歯科医師の瀧本貞次郎と結婚し和歌山市に住んで、1940年(昭和15年)娘・夏子を儲ける(夏子の他に姉弟もいる)。戦後は東京に住むが、瀧本と別れ、年下の臼井幸四郎と結婚し、臼井は岸田姓を名のった[1]。

1962年(昭和37年)7月に著書『父 岸田劉生』を刊行したが[2]、その直後の7月26日にクモ膜下出血で死去した(満48歳没)。墓所は多磨霊園。
生前は明るいキャラクターで知られ、宴席では自身で縫製した麗子微笑に揃えた服に着替え、「麗子微笑!」と叫んで絵と同じポーズをとって同席者を楽しませたという[3]。
家族
麗子像ギャラリー
著書
- 『父 岸田劉生』 雪華社(序文:武者小路実篤)、1962年
- 中公文庫(解説:谷川徹三)、1987年 ISBN 978-4122014626
- 中央公論新社(愛蔵版、解説:岸田夏子)、2021年 ISBN 978-4120054365

