志摩城 千葉県多古町島にあった日本の城 From Wikipedia, the free encyclopedia 志摩城(しまじょう)は、千葉県香取郡多古町島にあった日本の城。 城郭構造 平山城築城主 千葉氏?築城年 不明主な城主 不明概要 logo志摩城 (千葉県), 城郭構造 ...logo志摩城(千葉県) 城郭構造 平山城築城主 千葉氏?築城年 不明主な城主 不明廃城年 不明遺構 曲輪指定文化財 史跡等未指定[1]位置 北緯35度43分21.5秒 東経140度28分26.5秒 志摩城 テンプレートを表示閉じる 歴史 栗山川中流の多古地方は、かつて千田庄に属し、鎌倉時代以降千葉本宗家の地盤であった。1455年(享徳4年)の享徳の乱では、千葉本宗家16代・千葉胤直ら一族は千葉城を追われ、志摩城と多古城に逃れた。胤直は弟の胤賢とともに志摩城に立てこもったが、原・馬加氏の攻撃の前にあえなく陥落した[2]。 胤直はその後、逃れた東禅寺で自害した。現在も、東禅寺の墓地には胤直一族や家臣のものと伝わる五輪塔が立ち並んでいる[3]。このうち胤直の墓は、1976年(昭和51年)10月26日付で多古町指定史跡に指定されている[1]。 構造 多古町島字塙台地先に所在し、栗山川流域に広がる低地の中に島状に浮かぶ標高18メートルの独立台地に占地する。広い平坦な郭で、現状では内部は区画されておらず、周囲には土塁や空堀なども見られない[4]。2000年代に入って行われた発掘調査では、14~15世紀の掘立柱建物跡や地下式杭等が発見されている。 アクセス 東京駅から多古台バスターミナル行き高速バス 終点下車 徒歩30分 成田空港から多古町シャトルバス 「道の駅多古」下車 徒歩15分 脚注 [脚注の使い方] [1]多古町教育委員会 2006 p.109 [2]現地案内板 [3]「千葉胤直・胤宣・けん族の墓」多古町公式HP [4]千葉城郭研究会編『図説 房総の城郭』国書刊行会、2002年 参考文献 千葉城郭研究会編『図説 房総の城郭』国書刊行会、2002年 多古町教育委員会 2006「指定文化財一覧」『多古町名所百選』p.109(多古町公式HP・多古町デジタルアーカイブ) 関連項目 多古城 東禅寺 (千葉県多古町) 千葉城この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集この項目は、千葉県に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:日本の都道府県/千葉県)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks