平山城
平野の中にある山、丘陵等に築城された城
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概要
構造
成立の経緯
戦国末期の山城は山腹に家臣の屋敷などを建てて家臣とその家族たちを住まわせて人質とし、城主も主郭に屋敷を構えて居城した。上杉氏の春日山城や毛利氏の吉田郡山城、織田氏の安土城などがそういった山城であった[2]。なかでも、安土城は総石垣の郭に高層の天守や櫓を建て並べ、後に豊臣秀吉を通じてその体裁が普及し近世城郭へ反映された。
平山城が出現した理由には、中世・戦国時代までの刀や槍などを競合わせる個人戦から、戦国末期に普及した鉄砲が、より遠距離の攻撃を可能にしたことで集団戦へと戦法が変化したことや[3]、大名の抱えうる動員数が従来の山城では賄いきれなかったことなどが考えられている[4]。
山城を改築・移築して主要施設をより低地に移して平山城に移行する場合もある。小田原城のように、山頂の山城と麓の城下町が規模拡張した結果、両者が一体化し、大規模な平山城に移行した例もある。

