島川 (企業)
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島川は1663年(寛文3年)に山屋長兵衛によって創業され、屋号を山長(やまちょう)と称した[2][3]。元来薬業が盛んであった富山においては、苦い薬を飲みやすくし、丸薬を成形する際のつなぎとするなど様々な用途に飴が利用されており、製飴業が盛んであった[2][4]。大正時代には富山市内に10軒以上のあめ屋があり[5]、当時の書籍においては「製飴業の旺盛なるは全国中其比を見ざる所なり」と称せられ[6]、飛驒地方において養蚕業に従事していた女工の栄養源として多くの飴が富山から送られていたともいう[2]。戦前には島川の代表者は富山製飴業組合の代表者を務めていた[7]。1945年(昭和20年)8月の富山大空襲では社屋を失った[8]。戦後は大量生産の水飴が流通し、砂糖も普及していき、丸薬を製造する業者も減少したため、富山における製飴業は廃れたが、島川は往時から続く唯一の伝統的な製飴業者として知られている[2][9]。
会社設立は1962年(昭和37年)3月である[1]。設立以前には島川長兵衛商店と称していたが[10]、これを期に島川製飴と社名を定めた[2][1]。1969年(昭和44年)に富山市掛尾町の工場へ本社機能を移転し、1980年(昭和55年)に同市古鍜冶町に「島川あめ店」を出店した[2][3]。その後、2018年(平成30年)1月に社名を島川に変更している[3]。