島戸繁

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島戸 繁
島戸の肖像写真
島戸の肖像写真
生誕 1902年
日本の旗 岐阜県山県郡
死没 1998年3月14日
日本の旗 滋賀県彦根市
国籍 日本の旗 日本
著名な実績 絵画
受賞 京都市展市長賞
1943年
滋賀県展文部大臣賞
1947年
滋賀県文化賞
1981年
民族 大和民族

島戸 繁(しまと しげる、1902年明治35年〉 - 1998年平成10年〉3月14日)は、日本洋画家教育者位階従四位勲等勲三等静岡女子大学名誉教授

滋賀県立彦根高等女学校教諭彦根工業専門学校助教授滋賀県立短期大学教授静岡女子短期大学教授などを歴任した。

岐阜県出身[1]滋賀県彦根城城下町にアトリエを構え、城や琵琶湖の風景、人々の生活などを描いた。また、フランスパリに滞在し描くなど、当時かなり珍しかった海外での先進的な芸術活動も行った。西洋美術の模倣ではない独自の洋画を追求し、関西洋画壇で活躍した[2]。作品に対しては複数の受賞歴があり、当人も勲三等旭日中綬章を受章した[3]。彦根を代表する和菓子の老舗、いと重[4]の代表銘菓「埋れ木」[5]のパッケージに描かれている彦根城の絵や、多賀大社御田植祭[6]のうちわ絵など、墨絵や水彩画も多く描いている。

来歴

生い立ち

1902年[1]、岐阜県山県郡(のちの伊自良村、現・山県市)に生まれる。その後、滋賀県彦根市に転居した[1]

画家として

1930年、第11回帝展に初入選する(三井コレクション蔵)。この間、滋賀県立彦根高等女学校教諭を務めた[1][† 1]。さらに、彦根工業専門学校助教授に就任した[1][† 2]

戦後、彦根工業専門学校の流れを汲む滋賀県立彦根工業専門学校を母体として滋賀県立短期大学が開学すると、その教授となる[1][† 3]。1961年からは、静岡女子短期大学にて教授として教壇に立ち[7][1][† 4]、7年間静岡県に居住した[1][7]。その後、静岡女子短期大学を母体とする静岡女子大学が発足すると、名誉教授の称号を授与されている[8]。なお、後年に静岡女子大学は他大学と統合されて静岡県立大学となったことから、以降は静岡県立大学の名誉教授として遇されている[9]

晩年は再び滋賀県彦根市に移る[1]。1977年、彦根市功労者(文化部門)として顕彰された[1][10]。この年、郷里の伊自良村庁舎に壁画を制作した。1978年には、フランス ル・サロンに入選し、翌年にはオンフルール・フランス美術賞展に出品した。1980年に再度フランスル・サロンに入選する。1998年3月14日[1]、滋賀県彦根市にて死去(享年96)。生前より既に従六位に叙されていたが[8]、同年3月14日付で従四位を授与される[8][11]

作風

作品の主題として滋賀県彦根市の漁港の風景を選ぶことが多かった[1]。また、版画も手掛けており、1930年頃に滋賀県立今津中学校に勤務していた際には[1][† 5]、版画誌『木版』にて作品を発表していた[1]

略歴

賞歴

  • 1943年 - 京都市展市長賞。
  • 1947年 - 第1回滋賀県展文部大臣賞。
  • 1949年 - 現代日本美術展特選。
  • 1957年 - 第13回日展入選。以後35回入選。
  • 1958年 - 改組第1回日展特選。
  • 1978年 - ル・サロン入選。
  • 1979年 - オンフルールフランス美術賞展出品。
  • 1980年 - ル・サロン入選。
  • 1981年 - 滋賀県文化賞[12]

栄典

著作

脚注

関連項目

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