島田修 (実業家) From Wikipedia, the free encyclopedia 出身校 東京大学経済学部職業 実業家団体 北海道旅客鉄道株式会社会長しまだ おさむ 島田 修 夕張駅にて出身校 東京大学経済学部職業 実業家団体 北海道旅客鉄道株式会社会長テンプレートを表示 島田 修(しまだ おさむ、1958年 - )は、日本の経営者。 東京都駒込駅の近くで生まれる[1]。東京都立小石川高等学校を経て[1]、1980年に東京大学経済学部を卒業し、同年日本国有鉄道に入社した[2]。北海道旅客鉄道で取締役、常務などを歴任し、専務時代には当時の中島尚俊社長の右腕として最大組合である北海道旅客鉄道労働組合(JR北海道労組)との労使協調路線を改めるべく、労政改革を推進し一定の成果を上げた[3][4]。しかし、これが原因でJR北海道労組の反発を受け、反対に2011年に発覚した三六協定違反問題を追及されて中島社長は自殺に追い込まれ、島田自身も責任を負って2012年、JR北海道ホテルズの社長就任という形で左遷されている[2][3]。 その後、生前の中島社長と親交があり、かつJR北海道の労使問題では会社側に肩入れしている菅義偉官房長官(当時)以下官邸の意向により野島誠社長が更迭されると、専務時代の労政改革の実績を見込まれて2014年6月、社長に起用された[5][2]。2022年6月まで社長を務め、2022年6月からは会長に就任している[6]。 参考文献 西岡研介 (2019). トラジャ JR「革マル」三〇年の呪縛、労組の終焉.東洋経済新報社 脚注 [脚注の使い方] 1 2 “青函連絡船の廃止から学んだ「3対4対3の定理」 JR北海道・島田修会長”. AERADIGITAL (2025年10月14日). 2026年1月31日閲覧。 1 2 3 “JR北海道社長に島田氏 会長はJR東日本OB”. 日本経済新聞 (2014年3月4日). 2022年5月25日閲覧。 1 2 JR北海道「2人の社長」が相次いで自殺した背景 - 東洋経済オンライン(2019年9月27日)、2022年5月7日閲覧 ↑ 西岡 2019, p. 429. ↑ 西岡 2019, p. 486-489. ↑ “JR北海道社長に綿貫副社長、島田社長は会長に”. 日本経済新聞 (2022年5月20日). 2022年5月25日閲覧。 ビジネス 先代田浦芳孝 JR北海道会長2022年 - 次代(現職) 先代野島誠 JR北海道社長2014年 - 2022年 次代綿貫泰之 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。表示編集 Related Articles