島田神社
From Wikipedia, the free encyclopedia
位置
北緯35度16分53.8秒 東経135度02分48.4秒 / 北緯35.281611度 東経135.046778度座標: 北緯35度16分53.8秒 東経135度02分48.4秒 / 北緯35.281611度 東経135.046778度
本殿の様式
三間社流造、屋根葺を欠く
| 島田神社 | |
|---|---|
|
| |
| 所在地 | 京都府福知山市畑中1882-1 |
| 位置 | 北緯35度16分53.8秒 東経135度02分48.4秒 / 北緯35.281611度 東経135.046778度座標: 北緯35度16分53.8秒 東経135度02分48.4秒 / 北緯35.281611度 東経135.046778度 |
| 主祭神 |
稚武王、十城別王 息長帯比売命(熊野三所権現) |
| 本殿の様式 | 三間社流造、屋根葺を欠く |
| 地図 | |
島田神社(しまだじんじゃ)は、京都府福知山市畑中にある神社である。
島田神社の創立は詳らかではないが、本殿の建立は内陣内西妻内法貫(にしつまうちのりぬき)の墨書より文亀2年(1502年)の建立と判明し、国重要文化財の指定を受ける[1]。
歴史
発祥は、同じ畑中に所在する真言宗の雲龍寺によれば、寺を開いた空也が島田神社の方角に瑞雲を見たのを契機に庵を開いたのを開基したとするという縁起が伝わる。2007年(平成19年)から2009年(平成21年)の修理に伴う基壇確認調査でも平安時代に遡る前身建物遺構が確認されたことから、古代に遡る神社といえる。江戸時代には、旧北山・畑中・樽水・談・小牧の近在5か村の総鎮守とされている[2][3]。
再建工事の際に、床板の下が黒く煤けているのが発覚。基壇上面からは焼土壙の跡が見つかり、中央部の焼土は特に大きな土壙となっており、長年にわたって火が焚かれた痕跡であることが確認された。その左右にも同じく焼土壙が設けられていて、過去には本殿床下で火を焚く行事が行われていたとされている。当社に祭られた3柱の神の真下で火を焚く祭祀が行われていたことになり、その関係が注目される[4]。
改修工事
文化財
出土品
- 土師器皿
- 瓦器
- 銅銭
- 懸仏状銅製品
