島野愛友利
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巨人女子時代
兄2人の影響で小学2年生から大阪市西区の軟式野球チーム「西ファイターズ」に入団し、小学6年生では主将を務める。中学では硬式野球の名門「大淀ボーイズ」に所属し、男子の中で女子1人としてプレー。3年時には最速123km/hの投球を見せ、エース番号を背負う。同年、全日本中学野球選手権大会(ジャイアンツカップ)で1,542チームの頂点に立ち、女子選手として史上初めて胴上げ投手となる。また、鶴岡一人記念大会では女子として初めて関西男子選抜に選出される。高校は神戸弘陵学園高校に進学し、女子硬式野球部で1年生からレギュラーとして出場。2021年8月、第25回全国高等学校女子硬式野球選手権大会決勝(女子野球として史上初めて甲子園球場で開催)に登板し、三者凡退に抑えて優勝。女子高校野球の甲子園決勝における第1回大会の勝利投手となる。また、長兄・凌多(大阪桐蔭)、次兄・圭太(履正社)とともに「三兄妹全員が甲子園出場」を達成する。
- 高校時代までの主な球歴
- ボーイズ春季全国大会2017年(1回戦)
- ボーイズ選手権大会2018年(2回戦)
- 全日本中学野球選手権大会 ジャイアンツカップ2018年(優勝)
- 全国高等学校女子硬式野球選抜大会2019年(優勝)
- 全国高等学校女子硬式野球選手権大会2019年(2回戦)
- 全国高等学校女子硬式野球選抜大会2021年(ベスト4)
- 全国高等学校女子硬式野球選手権大会2021年(優勝)
2021年12月8日、読売ジャイアンツが2023年からの始動を目指す女子硬式野球チームの1期生として入団することが発表された[1]。ポジションは投手兼内野手、背番号は89。巨人同期には同ボーイズ出身の京本眞がいる。
2022年はチーム1期生は4名のみだったこともあり、原辰徳(当時監督)をはじめチームの計らいもあり一軍宮崎春季キャンプに帯同・参加。アップやシートノックでは男子選手に混ざって練習したり、選手・コーチから個別にアドバイスを受けるなど球界初の試みとなった[2][3][4][5]。練習は男子が利用しない時間や休養日を利用して、ひなたサンマリンスタジアム、サンライズブルペン、木の花ドーム、同公園のサブ球場などで行った[6][7]。平日などの出場がない日には、二軍公式戦のボールガールやアカデミーコーチ業務を行っており、幼稚園・保育園から小学校までを対象に学校園に出向き野球指導をしている。
2023年シーズンは巨人女子としてチーム本格始動。リーグでは内野出場がメインで2・3塁についた。6月28日、同月21日の練習中に右膝前十字靭帯断裂および内側側副靭帯帯損傷、内側半月板損傷の診断を受けたと発表[8]。8月1日に右膝鏡視下靱帯再建術および外側半月板縫合術を受け、リハビリに取り組んでいる[9]。今シーズンのリーグ投手成績は2回1安打0失点 防御率0.00、打撃成績は11試合に出場し31打数10安打7得点 打率3割2分3厘で終えた。
12月から少年野球のマンガ「BUNGO-ブンゴ-」と週刊ヤングジャンプの連載10周年記念として、ジャイアンツカップとコラボが決定し、ナビゲーターに島野が起用された[10]。この企画では島野が各月にゲストと少年野球時代や当時の大会などについて振り返る内容となっている[11]。
復帰後は打撃でチームに貢献し、全国大会の優勝にも寄与する。2024年には選手活動と並行して東京歯科大学の非常勤講師も務める。2025年7月、「伝統の一戦」対阪神タイガースWomen戦では東京ドーム女子チーム初となるホームランを放つ。また、同年12月にはジャイアンツ所属選手としての最終戦でもジャイアンツタウンスタジアムでホームランを打ち、有終の美を飾った[12]。
2025年11月20日(日本時間21日)、アメリカの女子プロ野球リーグ「ウイメンズ・プロ・ベースボール・リーグ(WPBL)」のドラフト会議において、ロサンゼルスから全体95位で指名を受けたことが発表された。 WPBLは2024年に創設された女子野球のプロリーグで、2026年夏に初のシーズン開幕を予定している[13]。
その後、同年12月13日、読売ジャイアンツは女子チームに所属する島野愛友利が、同年12月末日付で退団することを発表した[14]。島野は2026年春に渡米し、同リーグに参戦する予定である。
2026年1月、スポーツ選手のマネジメント事業を展開するSportsSNACKSとエージェント契約を結んだことが報じられた。同社はアメリカのプロ野球リーグ(WPBL)挑戦に向けたサポート体制を担う[15]。
選手として・人物
選手として
- ストレートは最速123km/h。変化球はカーブ、チェンジアップ[16]。
人物
- 三人兄弟の末っ子[17]。長兄、次兄ともに野球をしており、自身も含めいずれも関西圏の強豪校の野球部に所属し、甲子園大会への出場などを果たしている[17]。長兄は大阪桐蔭高校在籍時には第87回選抜高等学校野球大会、第88回選抜高等学校野球大会等に出場し、高校卒業後は龍谷大学に進学し野球部に所属[17]。大学卒業後は会社員として勤務している[17]。次兄は履正社高校在籍時には2020年甲子園高校野球交流試合に出場[18]。高校卒業後には帝京大学硬式野球部でプレーした[17]のち、現在は鷺宮製作所硬式野球部に所属している[19]。
- 学生時代にはホリプロに所属し、野球選手として密着取材や番組出演などを行っていた[20]。