崇道神社
京都府京都市左京区にある神社
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祭神
- 早良親王(崇道天皇)
歴史
境内社
文化財
国宝
- 金銅小野毛人墓誌(附:銅函1合(延宝元年11月在銘)、発掘関係書類1通) - 昭和36年(1961年)4月指定
- 奈良時代の墓誌で、銅製・鍍金。寸法は長さ58.9センチメートル、幅5.9センチメートル。江戸時代の慶長18年(1613年)に崇道神社背後の山中で発見され、土葬石室に埋納されていたという。延宝元年(1673年)に銅製墓誌函が作られ、宝永2年(1705年)には発見に関する文書が記されている。元禄10年(1697年)に再び埋納され、1913年(大正2年)に墓の調査に伴い再び発掘された。墓誌銘は次の通り。
- (表)飛鳥浄御原宮治天下天皇 御朝任太政官兼刑部大卿位大錦上
(裏)小野毛人朝臣之墓 営造歳次丁丑年十二月上旬即葬 - 被葬者の小野毛人は、『続日本紀』和銅7年(714年)4月条に拠れば遣隋使である小野妹子の子で、天武朝期には太政官兼刑部大卿の地位にあったという。墓所は山城国愛宕郡小野郷にあたり、小野氏の故地に比定される。毛人の墓は天武天皇6年(677年)に作られているが、墓誌が作製されたのは、銘文中の官職や姓などの用語から見てやや時代が下り、毛人の子の小野毛野による追納で、持統朝期であると考えられている。墓誌は京都国立博物館に寄託されている[1]。