川勝泰司 From Wikipedia, the free encyclopedia 川勝 泰司(かわかつ たいじ、1930年(昭和5年)8月17日 - 2023年(令和5年)5月12日[1])は、日本の実業家。南海電気鉄道元社長・会長。元毎日放送社外監査役。南海電気鉄道社長・会長を歴任し、南海ホークスのオーナーも務めた川勝傳の長男。 同志社大学経済学部卒業後、1953年に南海電気鉄道へ入社[2]。その後、副社長・1992年社長・1999年会長・相談役をそれぞれ歴任。南海電気鉄道顧問を務めていた。2007年旭日重光章受章[3]。2023年5月12日、心不全のため、死去した[1]。92歳没。死没日付をもって正四位に叙された[4]。 エピソード 社長当時の1994年12月、「高野線の田舎臭いイメージを変えたい」として難波-橋本間に愛称を付与することを発表(社長案として「南海山手線」を提案したが、正式名称は「りんかんサンライン」となった。翌年9月1日のダイヤ改正から使用した)が、沿線住民からの支持が得られないうえに高野山を総本山とする真言宗の猛反発を招く結果になり、結局2008年以降は使われなくなった。 詳細は当該項目を参照のこと。 家族・親族 川勝家 京都府南丹市、大阪府高石市 妻(和歌山、上山薫の三女)[5] 娘[2] 親戚 上山薫(内外除虫菊社長) - 妻の父[5]。 清滝幸次郎(池田銀行頭取) 清滝信宏(プリンストン大学教授) 山田輝郎(ロート製薬社長・会長) - 清滝家の親戚。 山田安邦(ロート製薬社長・会長) 脚注 1 2 “川勝泰司氏死去(南海電気鉄道元社長、現名誉顧問)”. 時事ドットコム. 時事通信社 (2023年5月22日). 2023年5月22日閲覧。 1 2 『豪閥 地方豪族のネットワーク』283-291頁。 ↑ 『官報』号外89号、平成19年5月1日 ↑ 『官報』第999号8頁 令和5年6月15日 1 2 『大衆人事録 第二十三版 西日本編』う167頁。 参考文献 広瀬弘『大衆人事録 第二十三版 西日本編』帝国秘密探偵社、1963年。 佐藤朝泰『豪閥 地方豪族のネットワーク』立風書房、2001年。 表話編歴 南海電気鉄道社長 小原英一1947-1959 壷田修1959-1966 稲次國利1966-1968 川勝傳1968-1983 加藤吉郎1983-1985 川勝傳1985 吉村茂夫1985-1992 川勝泰司1992-1999 吉田二郎1999-2001 山中諄2001-2007 亘信二2007-2015 遠北光彦2015-2023 岡嶋信行2023- この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。表示編集 Related Articles