川北元
日本のバレーボール指導者
From Wikipedia, the free encyclopedia
川北 元(かわきた げん、1976年3月25日[1] - )は、日本のバレーボール指導者。妻は北京オリンピック日本代表の狩野美雪。
| |||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 基本情報 | |||||||||||||||||||||
| 国籍 |
| ||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1976年3月25日(49歳) | ||||||||||||||||||||
| 出身地 | 東京都 | ||||||||||||||||||||
| 高校 | 東京都立千歳丘高等学校 | ||||||||||||||||||||
| 大学 | 順天堂大学 | ||||||||||||||||||||
| 選手情報 | |||||||||||||||||||||
| 所属 | KUROBEアクアフェアリーズ富山 | ||||||||||||||||||||
| 役職 | 監督 | ||||||||||||||||||||
| 所属歴 | |||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||
来歴
東京都出身。東京都立千歳丘高等学校を卒業後、順天堂大学に進学しバレーボール部に在籍。コーチング科学を学び、1999年に順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科で修士号を取得。その後は、同大学のバレーボール部コーチをしながら、幼稚園・中学・高校の講師を掛け持ちしていた[2]。
2001年に渡米し、ユタ州プロボにあるブリガムヤング大学のカール・マクガウン(Carl McGown)監督のもとで1ヶ月学んだ後、ペンシルベニア州にある州立大学(ロックヘブン大学)[3]のトム・ジャスティス(Tom Justice)監督に誘われて同大学のアシスタントコーチに就いた。並行して、1年のうち半年はアメリカ女子代表チーム(監督は郎平)にて、指導[4]する生活を送った[2]。アメリカ女子代表は2008年には北京オリンピックで銀メダルを獲得。川北は、ゲーム分析や技術指導を担当した[5]。
同年の北京オリンピック前のワールドグランプリの際、眞鍋政義(当時の久光の監督)に誘われ、久光製薬スプリングスでコーチ兼通訳を務めること(帰国)となった(アメリカ代表選手のローガン・トムが久光へ移籍するタイミングもあった)[6]。翌2009年からは全日本女子チームの監督に就任した眞鍋のもと、全日本女子の戦術・戦略コーチを務めることとなった[7][8]。
英語も習得し、その後もトルコ、ロシア、セルビアなどで、強化システムや戦術・戦略を学ぶ機会も持った[5]。
同年のロンドンオリンピック後の、木村沙織(日本代表)のワクフバンク・テュルクテレコム(トルコ)移籍に合わせ、川北も同チームのコーチに就任し、サポートした[11]。
2017年5月11日、V・プレミアリーグのデンソーエアリービーズは川北の監督招聘を発表[12][13]。
2022年、日本女子代表のコーチに就任。眞鍋政義が同監督に復帰し、再び眞鍋の下で活動することとなった。そのため、5シーズン務めたデンソーの監督を退任[14]。戦術・戦略コーチ、ブレイク総括コーチ[15]を経て、統括コーチ兼サーブコーチを務める[16]。
2024年、パリオリンピック終了後にKUROBEアクアフェアリーズ富山の監督に就任することが発表された[17][18]。
指導歴
順天堂大学(1999-2001年)
ロックヘブン大学(2002-2008年)
アメリカ合衆国女子代表
久光製薬スプリングス(2008-2009年)
女子日本代表(2009-2016年)
ワクフバンク(2012-2014年)
デンソーエアリービーズ(2017-2022年)
女子日本代表(2022-2024年)
KUROBEアクアフェアリーズ富山(2024年-)