三重県津市に、旧家川喜田家の長男として生まれる。1928年(昭和3年)に法政大学経済学部を卒業し、日本銀行に入行する。1936年(昭和11年)に百五銀行に移り、1951年(昭和26年)に同行頭取に就任し、1971年11月には会長に就任。また、菱川合資代表、相互商事社長、東海製鉄役員などを務めた。
三重経済界のトップとして、戦中・戦後を乗り切る。また、半泥子が設立した石水会館を石水博物館に発展させ、地域の文化振興に貢献する[2]。アマチュア映画作家としても知られ、そのフィルムは東京国立近代美術館フィルムセンターへ寄贈されている[3]。