川崎ゆきお
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高校時代に雑誌『ガロ』で水木しげるの漫画と出会い、漫画家を志す。1968年から、屋我平勇・宇原泰年らとの肉筆漫画同人誌『もののけ』を主催する。
1971年に「うらぶれ夜風」で『ガロ』でデビュー。「ヘタウマ」ならぬ「ヘタヘタ」のあまりの絵の下手さに編集部内でも議論があったが、編集長の長井勝一の一存で掲載となった。『ガロ』と並行して、1976年より三流劇画御三家の一つ『漫画エロジェニカ』誌でも断続的に作品を発表。1980年より、ニューウェーブ漫画誌の一つである『マンガ奇想天外』にも作品を発表した。いしいひさいちやひさうちみちおと並ぶ在阪のニューウェーブ漫画家として、村上知彦の主宰する『漫金超』(1980年)にも参加している。1970年代後半の三流劇画ブームの時代から1980年代前半のニューウェーブの時代にかけて活躍した主要な漫画家の一人である。
処女単行本となる『猟奇王』が1979年にプレイガイドジャーナル社から刊行されて以降、大阪の情報誌『プレイガイドジャーナル』(『ぷがじゃ』)誌と関係が深く、プレイガイドジャーナル社/ATGの製作作品『ガキ帝国』(1981年)のアートワークも担当。
その後も、『ガロ』をはじめとした、様々なマイナー雑誌に漫画作品を発表。他の雑誌にもエッセイ、写真エッセイなども発表している。そのダウナーな独特の世界観で、カルト作家として評価されているが、商業的に成功した作品はない[独自研究?]。
代表作は、30年以上にわたって描き継がれている「猟奇王」シリーズ。また、インターネットの黎明期から自身のサイトを保有しており、サイトでエッセイや小説、ロールプレイングゲーム『川崎ダンジョン』、漫画等を多数発表し、一部の作品はネット配信している。また、CGを使って漫画を描いたのも非常に早かった。ただし、絵の下手さは相変わらずである[独自研究?]。2013年から、自作やエッセイをKindle化して販売中。
近年は、なかのしげる主催のインディーズ出版社「幻堂出版」から『川崎ゆきお幻堂不完全版全集』[1]と称して、単行本未収録を含む多数の作品が刊行された。
2024年9月に逝去が報じられた[2]。