川村あんり
From Wikipedia, the free encyclopedia
東京都東久留米市出身[2]。新潟県南魚沼郡湯沢町育ち[2]。
両親ともに元アイスホッケー選手で、父は西武鉄道、母はコクドレディースでプレーしたトップ選手であった[3]。
3歳でスキーを始め、祖父が新潟県の越後湯沢に所有しているリゾートマンションを拠点に東京から滑りに来ていたという。4歳でモーグルスキーを始める[2]。
小中一貫校の湯沢学園へ入学し、スキーに本格的に取り組むようになる。
全日本スキー連盟(SAJ)公認大会に初めて出場したのは、埼玉県スキー連盟が新潟県十日町市の松之山温泉スキー場で主催した『第12回埼玉県松之山温泉モーグル競技会』(2012年1月8日)であり、この時は予選落ちの15位という成績であった[4]。SAJ公認大会初優勝はその2年後(2014年)の松之山温泉競技会である[5]。その後、地道に力をつけて競技会でも上位の成績を収めるようになる。
湯沢学園7年生(中学1年)になった2017/2018シーズンのJOCジュニアオリンピックカップ 2018全日本ジュニアスキー選手権大会フリースタイル競技(中学生の部、南砺市たいらスキー場)では2位に大差をつけて圧勝した[6]。
湯沢学園9年生(中学3年)の2019年12月にフィンランドのルカで開催のワールドカップに国際大会デビュー。結果は2位で日本勢で最高、表彰台を上った[2]。
湯沢学園卒業後は2020年4月より日本体育大学桜華高等学校に入学[8]。
2022年北京オリンピックのフリースタイルスキー競技女子モーグル決勝では、日本勢で唯一3回目まで進んだが77.12点で5位となった[9]。
2023年2月に、フリースタイルスキー世界選手権の練習中に転倒して、左膝や左足首を痛めて欠場した[10]。3月に高校を卒業[11]。同年4月1日にルネサンスと契約[12]。
2024年7月に全日本スキー連盟から今季の強化指定選手から外れ、モーグル競技から離れることに決断した[10]。
2025年2月にフリースタイルスキーのスロープスタイルとビッグエアに転向した[13]。その年に負傷でミラノ・コルティナオリンピックの出場は断念した。2026年2月にテレビ朝日のミラノ・コルティナオリンピック中継で、スペシャリストを務めた[14]。