比志島村(鹿児島市皆与志町)の出身で、川路利良の親戚である。鹿児島県士族として生まれ、明治10年(1877年)の西南戦争では、別働第一旅団第三大隊中隊長として従軍し功績を挙げた。
戦後は警察官僚として権大警部を歴任し、明治11年(1878年)には陸軍中尉兼二等警視補に任ぜられた。同年6月22日、勲五等に叙せられ、双光旭日章を授与されている。
その後、明治12年頃に一等警視補、明治14年頃には四等警視兼方面監督に転じ、従七位に叙された。明治16年(1883年)5月26日に死去、享年40。死後、祭粢料二百円を賜った。