工藤“red”玲央
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | 工藤 玲央(くどう れお) |
| 通称 | |
| 階級 | バンタム級(J-NETWORK) |
| 身長 | 163cm |
| 国籍 |
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| 誕生日 | 1987年5月8日(38歳) |
| 出身地 |
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| 所属 |
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| スタイル | キックボクシング |
| テーマ曲 | Kis-My-Ft2『Everybody Go』 |
| プロキックボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 27 |
| 勝ち | 11 |
| KO勝ち | 7 |
| 敗け | 11 |
| 引き分け | 5 |
工藤red玲央または工藤“red”玲央(くどう れっど れお、1987年5月8日 - )は、千葉県出身のキックボクサー。TEAM TEPPEN所属。ファイヤー高田馬場ジム(J-NETWORK系列)旧所属。
師匠はNeo Fire会長であるファイヤー原田[1][4][2][3][5]。
名前の表記については明確ではなく、「工藤“red”玲央」の表記がウェブサイトなどでは公式名称となっていることが多いが、SNSなどでは「工藤red玲央」の表記が公式名称となっており、また記事などでも頻繁に使用されている。
経歴
大阪府豊中市生まれ、千葉県育ち[1][6]。高校は1年で退学[1]。
テレビで観た原田に憧れてプロを目指すようになり[1][5]、2009年にファイヤー原田が会長のファイヤー高田馬場ジム(J-NETWORK系列)に入門し、原田に弟子入りする[1][2]。入門後は所有物を処分してジムの近くへ転居し、心機一転して原田の指導の下、修行を開始する[1]。原田より基礎や念入りな準備が重要である事を教わり、アマチュア大会に多く出場して基盤を築き上げていく[1][2]。
2013年12月14日にファイヤー高田馬場ジムより26歳でプロデビューし、猪子益弘(レジェンド横浜)に勝利[7]。原田からは「チケットを買って観に来てくれる人を大事にしろ」と客の大切さや感謝を教わり続けた[1][2]。
2017年に原田がファイヤー高田馬場ジムを退所し、ファイヤー高田馬場ジムのジャスティ高田馬場ジムへの移転・変更により大きなショックを受けて不調に陥るが、10月にTEAM TEPPEN(那須川天心の父が会長)に移籍して再起し、ブログにてファイヤー原田への感謝の言葉を記した[1][2][5]。
その後に原田が新ジムを設立する事になり、工藤も設立を手伝うようになる[1]。2018年2月9日に東京都板橋区にて原田が新ジムであるNeo Fireを設立し、原田が会長に就任[8][9][10]。設立後も工藤はNeo Fire[11]を訪問するなど原田との師弟としての交流が続いている[1]。
2021年4月4日に原田の信念を「ファイヤー魂」と名付け、師匠である原田の魂を継承する決意を表明した[1][2][3]。