左隊郡 From Wikipedia, the free encyclopedia 左隊郡(さすいぐん)は、古代中国の地方区分である郡の一つで、西暦紀元9年から23年の新王朝の時代にあった。漢の潁川郡にあたり、現在の河南省中部を占める。 新を建てた王莽は、地名と官名をしきりと改めた。左隊郡は古く戦国時代に韓があったところで、秦が潁川郡を建て、漢が継承した[1]。 左隊への改称年は明記されないが、始建国元年(9年)かそれ以降の近い時期であろう。当時は他に右隊郡・前隊郡・後隊郡もあった。 始建国3年(11年)に定められた地域分担では大司徒の下に入った[2] 後漢が建てられると、潁川郡の称にもどされた。 左隊大夫 郡の長官を漢では太守といったが、新では大夫に改称した。左隊郡の長官は左隊大夫である。 逯並 - 時期不明[3] 王呉 - 地皇4年(23年)3月見[4] 脚注 ↑ 班固『漢書』28巻、地理志第8上。ちくま学芸文庫『漢書』3の296頁。 ↑ 班固『漢書』99巻中、王莽伝第69中。ちくま学芸文庫『漢書』8の399頁。 ↑ 『後漢書』巻29、申屠剛鮑永郅惲列伝第19。 ↑ 『漢書』巻99下、王莽伝第69。ちくま学芸文庫版『漢書』8の456頁。 参考文献 中央研究院・歴史語言研究所「漢籍電子文献資料庫」。 班固著、『漢書』 小竹武夫訳『漢書』1から8、筑摩書房、ちくま学芸文庫、1998年。 范曄著『後漢書』 Related Articles