巨椋神社

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所在地 京都府宇治市小倉町寺内31
位置 北緯34度53分53.7秒 東経135度47分5.0秒 / 北緯34.898250度 東経135.784722度 / 34.898250; 135.784722座標: 北緯34度53分53.7秒 東経135度47分5.0秒 / 北緯34.898250度 東経135.784722度 / 34.898250; 135.784722
社格 式内社(小)
村社
巨椋神社

拝殿
所在地 京都府宇治市小倉町寺内31
位置 北緯34度53分53.7秒 東経135度47分5.0秒 / 北緯34.898250度 東経135.784722度 / 34.898250; 135.784722座標: 北緯34度53分53.7秒 東経135度47分5.0秒 / 北緯34.898250度 東経135.784722度 / 34.898250; 135.784722
主祭神 武甕槌神
経津主神
天児屋根神
姫大神
社格 式内社(小)
村社
創建 嵯峨天皇
本殿の様式 流造檜皮葺
例祭 10月1日
地図
巨椋神社の位置(京都府内)
巨椋神社
巨椋神社
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鳥居

巨椋神社(おぐらじんじゃ)は、京都府宇治市小倉町寺内にある神社である。式内小社で、旧社格村社

古代氏族巨椋連の氏神と考えられており、巨椋連が祖神を祀ったのに始まると言われる神社である[1]

歴史

創建

社伝によると、嵯峨天皇勅命により創祀されたというが、実際は古代氏族の巨椋連が祖神を祀ったことによる創祀と考えられる。巨椋連は『新撰姓氏録』神別に記載されている古代氏族である。

概史

平安末期に藤原氏の祀るところとなり、春日系の神社となり、近世まで春日神社と呼ばれた。境内社に子守神社 (宇治市)がある。もとは小倉町春日森にあったが、後に現在地に移建した[2]

境内

境内には、樹齢が七、八百年を下らないと言われる巨大なムクノキやエノキがある[3]

子守神社

子守神社本殿

祭神

蛭子神(ひるこのかみ)

天磐樟船神(あめのいわくすぶねのかみ)

歴史

子どもを襲った三羽の大鷲を退治した惟喬親王が河内から帰る途中、小倉の地に神祠をつくった。以来、子どもの守り神、すなわち「子守神社」としてあがめられるにいたった。現在は、本社である巨椋神社が子守神社であるかのように認識されがちであるが、子守神社は巨椋神社の境内社として別に存在している[4]

玉露製茶発祥の碑

境内には山本嘉兵衛の玉露誕生の逸話に因んだ「玉露製茶発祥の碑」がある[5]

ギャラリー

所在地

脚注

関連項目

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