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巨海道綱

戦国時代の武将。三河吉良氏の家臣。三河幡豆郡巨海 From Wikipedia, the free encyclopedia

巨海 道綱(こみ みちつな)は、戦国時代武将三河吉良氏の家臣。

生誕 不明
別名 新左衛門
概要 凡例巨海道綱, 時代 ...
 
巨海道綱
時代 戦国時代
生誕 不明
死没 永正14年8月19日1517年9月4日
別名 新左衛門
主君 三河吉良氏
氏族 大河内氏巨海氏
兄弟 大河内貞綱道綱
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出自

巨海氏大河内氏の支流で三河国幡豆郡巨海[1]を本貫地とする。「巨海」は「おおみ」と読むとしている資料(『静岡県史』など)もあるが、本貫地は「こみ」と読み「古海」「古見」とする文書も存在することから、「こみ」が正しいと思われる。

略歴

道綱は大河内氏から巨海氏に養子に入ったものと思われる。同時代の文書に「巨海越中守」の名前が表れるが、あるいは養父かも知れない。なお、道綱は同じ吉良氏の重臣、高橋氏の出であるという異説も存在する。道綱が引馬城で滅んだため、系譜は不明である。

兄・貞綱と同じく遠江国で活躍、河匂荘[2]の代官を務めていた。今川氏親の遠江侵攻に頑強に抵抗し、斯波義達と結び引馬城に篭もるが、永正14年(1517年)8月19日に陥落、兄と共に自害した。

脚注

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