市山流
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系統
三代目市山七十郎の時に新潟県新潟市へと本拠地を移した。四代目以降、女性舞踊家によって継承されている流派。現在の家元は七代目市山七十郎(いちやま・なそろう)。主に新潟市の古町芸妓が踊る流派として地元で知られ、新潟市無形文化財の第一号に認定される。
主な特徴としては、大阪で創始したことから上方風の振りが多く見られるなど滑稽な踊りの中に上品さがある他、手の動きや細かい動きが多く、間やリズムを大切にすることがあげられる[3]。また、古風な振りの『娘七種』『雷のお鶴』『うしろ面』などが伝承されている[1]。
- 初代 瀬川如皐(せがわ・じょこう)
- (1739年 - 1794年) - 大阪流祖市山七十郎長男。上方から東へ下り、江戸の地で名声を挙げる。
- 幼名 : 市山七蔵
- 前名 : 瀬川七蔵
- 寛政6年(1794年)1月25日歿(56)
- 二代目 市山七十郎
- (? - ?)
- 本名 : 瀬川兼五郎
- 前名 : 市山兼五郎
- 三代目 市山七十郎
- (1816年 - 1875年) - 舞踊が堪能だった俳優、岩井仲助が継ぐ。各地を旅し、晩年に新潟を訪れる。後継者が「新潟市山流」となり、門弟の市山七十吉が「直派市山流」となる。
- 本名 : 岩井仲助(いわい・なかすけ)
- 明治8年(1875年)8月28日歿(61)[4]
- 四代目 市山七十世(いちやま・なそよ)
- (1846年 - 1918年) - 宇都宮の国家老の娘に生まれ、三代目に師事。20歳の時に病床の三代目に代わって『新潟八景』の振り付けをしたことで後継者に指名され、女性だったことから「七十郎」ではなく、「七十世」を名乗る。
- 本名 : 川田トシ(しづ→ねん→トシ)。後に市山喜屋(いちやま・きおく)
- 慶応2年(1866年) - 市山七十世(初世)襲名。
- 大正7年(1918年)8月11日歿(74)
- 五代目 市山七十郎(いちやま・なそろう)
- (1889年 - 1968年) - 四代目の孫。藤間流や花柳流の門をたたいて芸を磨き、昭和23年(1948年)に市山七十郎の名跡を復活させた。妹に川田芳子がいる[5]。
- 本名 : 川田亀
- 大正5年(1916年) - 市川七十世(二世)襲名。家元相続。
- 昭和23年(1948年)3月5日 - 市山七十郎(五世)襲名。
- 昭和43年(1968年)1月26日歿(80)
江戸市山流
直派市山流
松派市山流
正派市山流
正派市山流(せいはいちやまりゅう)。松派市山流五代目家元の市山松扇の妹市山松栄が昭和33年(1958年)に分離独立して建てた新興流派。