高校1年生の時に極真会館(松井派)奈良支部に入門。その後、奈良支部の内弟子となる。
極真会館(松井派)時代は、優勝候補の一角を担う存在として、誰もがその実力を認めるも、全日本選手権などの大試合では、常に序盤の組み合わせから海外の強豪選手或いは、正道会館の強豪他流派との対戦で、怪我などによって苦汁を喫していた。
※当時の正道会館の各階級王者には無敗。異名を正道キラーと呼ばれた。
そして、2002年12月に当時、極真会館(松井派)の最高顧問・主席師範だった盧山初雄が設立した極真館に合流し、奈良県支部長に就任した。その翌年に開催された極真館主催の第1回全日本選手権大会では栄えある初代の優勝者となった。
現在、奈良県内にて空手道 市川道場を運営。