市村洋文
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都立富士高等学校在学中は、創部されたばかりのアメリカンフットボール部で練習に明け暮れる毎日。立教大学在学中に学生旅行ツアーをビジネス化し、年間1,000台のバスツアー(スキーとサーフ&テニス)を企画して4年間で60億円の売上を上げ[2]、学生起業家の先駆けとして脚光を浴びる。大学卒業後は野村證券に入社[2]。30歳で月に600億円の売り上げを上げる証券マンに成長し[2]、野村における最年少記録を樹立した[2]。37歳で当時最年少の支店長に抜擢され[2]、「野村證券伝説の営業マン」と呼ばれる[2]。
39歳の時、光陽グループ傘下の「KOBE証券」(現「インヴァスト」)に招かれ[2]、43歳で代表取締役社長に就任。当時最年少の総合証券社長として活躍し[2]、280億円だった運用資産を1兆4,400億円まで拡大させる[2]。2006年にKOBE証券を上場させることに成功[2]。2007年、48歳の時にファーストヴィレッジ株式会社を設立[2]。業務提携先は500社を超え、38000人の経営者のネットワークを持つ[2]。
2020年(令和2年)に株式会社M&Aディレクションズを設立し、事業承継と出口戦略に関する高度な支援体制を構築[3]。さらに、2021年(令和3年)には、スカウト型エグゼクティブサーチに特化したファーストヴィレッジ人材Search株式会社を設立[3]。
経歴
- 1959年(昭和34年)1月 - 東京都出身[1](北海道生まれ)。練馬育ち。
- 1974年(昭和49年)3月 - 練馬区立 田柄中学校 卒業。
- 1977年(昭和52年)3月 - 都立富士高等学校 卒業。
- 1983年(昭和58年)3月 - 立教大学 社会学部 卒業。
- 1983年(昭和58年)4月 - 「野村證券」入社/仙台支店配属。
- 1986年(昭和61年)11月 - 同社 新宿野村ビル支店。
- 1990年(平成2年)11月 - 同社 本社営業企画部。
- 1991年(平成3年)11月 - 同社 本社営業業務部。
- 1993年(平成5年)6月 - 同社 本社首都圏本部付。
- 1994年(平成6年)6月 - 同社 大宮西口支店営業課長。
- 1996年(平成8年)6月 - 同社 大森支店長。
- 1998年(平成10年)12月 - KOBE証券株式会社(現 インヴァスト株式会社)顧問。
- 1999年(平成11年)4月 - 同社 専務取締役。
- 2002年(平成14年)4月 - 同社 代表取締役社長。
- 2006年(平成18年)3月 - 同社 ヘラクレス市場(現在は東京証券取引所スタンダード市場)に上場。
- 2007年(平成19年)4月 - ファーストヴィレッジ株式会社設立、代表取締役社長就任。
- 2015年(平成27年)11月 - 5冊目の著書「1億稼ぐ 営業の強化書」上梓。日本経済新聞 経済・ビジネス書ランキング 5位。全国の書店でベストセラーとなり、重版も第7刷となる。
- 2017年(平成29年)4月 - ファーストヴィッレッジ株式会社創立10周年。10周年記念に6冊目の著書「1億稼ぐ人の『超』メモ術」上梓。
- 2019年(平成31年)1月 - 還暦。6月、YouTube番組「年収チャンネル」で「昼メシは座って食べるな!」が紹介されたのを機に、一連の著作が再度ベストセラー上位に。
- 2020年(令和2年)10月 - 株式会社M&Aディレクションズ設立[3]。
- 2021年(令和3年)10月 - ファーストヴィレッジ人材サーチ株式会社設立[3]。
- 2022年(令和4年)4月 - ファーストヴィレッジ株式会社創立15周年。
- 2022年(令和4年)12月 - 15周年記念に7冊目の著書「ヤバい! 準備力」上梓。