常盤光長 日本の平安時代後期の絵師。日本画土佐派の祖先の一人と伝わる。藤原氏一門で、藤原光長・土佐光長を名乗る。『伴大納言絵詞』『年中行事絵巻』画。従四位下刑部大輔 From Wikipedia, the free encyclopedia 常盤 光長(ときわ みつなが、生没年不詳)は、平安時代後期の宮廷絵師。後世、藤原 光長とも、また土佐派成立後にその祖先の一人として土佐 光長とも呼ばれた。出自は明らかではないが、一説に藤原北家良門流、中務大輔・藤原経隆、あるいは豊前守・藤原邦隆の子[1]とする。従四位下・刑部大輔。 《伴大納言絵詞》(部分、応天門炎上)常盤光長筆と推定されている。 承安3年(1173年)藤原隆信と協同で最勝光院御所の障子会を描く[2]。また、後白河法皇の命により『年中行事絵巻』を描いたとされている。さらに、絵巻中の描写の共通点から『伴大納言絵詞』と『吉備大臣入唐絵巻』を描いたとも見做されている。 脚注 [脚注の使い方] [1]富士川游『醫史叢談』書物展望社、1942年、127頁。 [2]『玉葉』承安3年条 参考文献 『常盤光長』 - コトバンクこの項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。表示編集 Related Articles