平ノ戸三之助 (1857年生)
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初めは大坂相撲に所属する力士であったが、25歳であった1883年1月に上京、湊部屋出身の梅ヶ谷藤太郎の門弟となり、東京相撲に加入し、二枚目格からの始まりとなった。1888年5月、30歳の時にようやく入幕を果たし、以後実力を発揮。1891年5月には、西ノ海嘉治郎から2度目の金星を上げ、翌1892年1月は自己最高位の西前頭2枚目に躍進した。なお、平ノ戸が獲得した3つの金星はすべて、西ノ海からのものである。1894年1月には、出身の佐世保が平戸藩の領地で、かつて平戸藩の抱え力士であった御用木雲右エ門 (初代)の四股名を継いで、2代・御用木雲右エ門を名乗っている。1894年5月限りで廃業し大阪に戻ったが、のち再び上京し世話人となった[2]。