平中興
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昌泰元年(898年) 醍醐天皇の六位蔵人となる。昌泰3年(900年)養父・忠望王の譲りにより文章生に補せられ、少内記次いで大内記に任ぜられる。
延喜4年(904年)従五位下・遠江守に叙任されると、延喜10年(910年)讃岐守、延喜15年(915年)近江守と地方官を歴任し、同年には治国の功労により従五位上に昇叙されている。延喜19年(919年)左衛門権佐に任ぜられ京官に復すが、延喜22年(922年)美濃権守として再び地方官に転じた。
勅撰歌人として、『古今和歌集』『後撰和歌集』に2首ずつ、計4首の和歌作品が採録されている[1]。また、讃岐守時代に、大江朝綱の漢詩(「賦置酒如淮」)に感銘して、中興は自分の娘を娶らせたとされる[2]。