平尚親 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 室町時代後期生誕 不詳死没 明応5年3月19日(1496年5月2日)官位 従五位下佐渡守 凡例平尚親時代 室町時代後期生誕 不詳死没 明応5年3月19日(1496年5月2日)官位 従五位下佐渡守主君 後土御門天皇氏族 平氏(山本氏)子 親資テンプレートを表示 平尚親(たいら の ひさちか)は、室町時代後期の官人。山本尚親とも。本姓は平氏とされ、『地下家伝』によると坂上田村麻呂の6世孫・山本荘司坂上頼次の16世孫とされる[1]。 山本氏は近江国甲賀郡出身で、山城国洛北岩倉村の小倉山城を拠点とし、全盛期には丹波国や近江国にまで勢力を伸ばした近江佐々木氏・足利氏の被官である[2]。 『地下家伝』によると、文明4年(1472年)2月8日に従五位下・佐渡守に叙任されている。また、その子孫・山本家正は江戸時代に今出川家の諸大夫となり、幕末まで仕えている[3]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 出典 ↑ 『地下家伝』 ↑ 丸山俊明「『岩倉村文書』に見える岩倉型民家」 ↑ 『地下家伝』 参考文献 国文学研究資料館「地下家伝・芳賀人名辞典データベース」 Related Articles