平成銀行

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平成銀行(へいせいぎんこう)とは、1994年(平成6年)4月20日に発表された北日本銀行德陽シティ銀行殖産銀行の合併により、誕生することが見込まれていた新銀行の名称である。

1994年当時、第二地方銀行界においては3行とも中堅行であったが、景気の後退や金融の自由化の進展に伴い、北日本銀・殖産銀は、単独での生き残りは厳しいと判断していたほか、德陽シティ銀は1979年(昭和54年)に発覚した100億円を超える裏保証、不正経理問題や、その後の不動産向け融資等の不良債権化により、1993年(平成5年)3月期まで2期連続して赤字を計上。かつては東北最大の相互銀行であったが、凋落に歯止めのかからない状況となっていた。

このような中において、県域を超える大規模プロジェクトが多い東北において、合併により広域展開を図った上で、営業基盤の拡大や効率化をはかることに合併の主眼がおかれた。

構想の具体的内容

  • 名称 平成銀行
  • 合併比率 北日本銀、1 殖産銀、1 德陽シティ銀、0.8
  • 存続会社 北日本銀行
  • 本店 盛岡市仙台市山形市の三行本店に設置する三本店制。 資金業務は仙台に集約
  • 役員
  • 合併期日 1995年(平成7年)1月1日

発表から2か月で合併構想破綻

合併構想破綻後の3行

参考文献

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