平木国夫

From Wikipedia, the free encyclopedia

平木 国夫(ひらき くにお、1924年8月6日 - 2012年4月5日[1])は、飛行機、民間航空史に関する作品を専門とする石川県出身のノンフィクション作家。

石川県七尾市若林町生まれ。徳田小学校卒業、玉川学園中等部修了。千葉工業大学予科修了後、1946年3月中退[2]。戦時中は大日本飛行協会横浜飛行訓練所で水上機の操縦訓練を受ける。学生長で学生助教の時に学鷲血盟特攻隊に編入されたが、終戦となり出撃せず。

GHQによる規制時期を経て民間航空の再開後に事業用操縦士免許を取得。伊藤忠航空輸送(伊藤忠商事の航空事業子会社)運航課長、日本航空機輸送の運航部長などを経て作家となる。『人間像』同人、航空大学校講師、航空ジャーナリスト協会副会長。

1969年(昭和44年)には円谷英二より、平木の本を原作に「日本ヒコーキ野郎」として映像化する企画について話がくる[3]。この企画は若い頃に飛行家を目指した円谷が心血を注いだものであり、平木自身も快諾し心待ちにしていたが、円谷プロが傾いた時期でもありついに実現しなかった。

平木は作家の八木義徳と親交が深く、自身で飛行機を操縦して海外へ行った際などに度々土産を持ち帰った[4]。1998年(平成10年)には日本航空協会より航空文化賞を受賞[5]。2012年、慢性腎不全のため87歳で死去[6]

著書

脚注

参考

Related Articles

Wikiwand AI