平清子 From Wikipedia, the free encyclopedia 平 清子(たいら の きよこ/せいし、久安2年(1146年) - 治承2年7月16日(1178年8月30日))は平安時代末期の女性。平時信の娘。母は滋子と同母で藤原顕頼の娘とされる。平宗盛の正室。高倉天皇の乳母。従三位中納言典侍。 異母姉である平時子の子で、甥にあたる平宗盛の正室となる。仁安元年(1166年)、憲仁親王(のちの高倉天皇)の乳母となった。同年4月6日には従五位上叙位。4月23日の賀茂祭では勅使を務める。12月4日には正五位下に昇叙される。仁安3年(1168年)、親王が即位した年に典侍となる。 承安元年(1171年)に嫡男・清宗を出産。治承2年(1178年)に再び懐妊するが、同年7月16日に急逝。享年33。死因は腫物の悪化という。宗盛は深く悲しみ右大将を辞任した。 出典 平家物語図典 小松茂美著作集、第12巻 平安朝の乳母達 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles