城跡とされる場所には遺構はほぼ残らず、城の古井戸とされる井戸だけが残り、農家の宅地となっている[2][3]。付近には城の切という地名が近年まで残っていたというが、町名変更により現存しない[4]。埋蔵文化財包蔵地としては遺跡番号003003として周知されている[5]。
城主は平田伊豆守(張州府志)[1]とも平田和泉守[2](尾張徇行記[3])とも平田源左衛門(織田真記)[1]とも伝わりはっきりしない。『日本歴史地名大系 23 愛知県の地名』130頁によると、平田氏の菩提寺でもあった平田寺に残る過去帳には「泉州大守」、つまり和泉守と記されているようである。