平田泰章

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 ????????
日本の旗 日本大阪府
出身校 京都大学経済学部卒業
職業 経営者
ひらた やすあき
平田 泰章
画像募集中
生誕 ????????
日本の旗 日本大阪府
出身校 京都大学経済学部卒業
職業 経営者
団体 神戸製鋼所(神鋼)。神鋼環境ソリューション
肩書き 代表取締役副社長。代表取締役社長
テンプレートを表示

平田 泰章(ひらた やすあき)は日本実業家神戸製鋼所(神鋼)元副社長。担当部長として神鋼ラグビー部を率いて、ラグビー日本一7連覇を達成した[1][2]

大阪府生まれ。大阪府立清水谷高等学校卒業。京都大学経済学部卒業、1962年昭和37年)神戸製鋼所に入社[3]1986年神戸製鋼ヨーロッパ社長に就任。1991年平成3年)神戸製鋼所の取締役、1996年常務(機械エンジニアリング事業本部都市環境本部長)、1998年専務取締役(都市環境事業部長)[4]を経て、2001年(平成13年)6月、副社長(都市環境・エンジニアリングカンパニー執行社長)に就任した[5]

環境事業の再編を先駆け

2002年(平成14年)神鋼グループのエンジニアリング関連の「神鋼パンテツク」社の代表取締役社長に就任。グラスライニング機器生産で世界トップ技術の同社を、神鋼の都市・環境事業部門と統合。翌2003年10月に誕生させた「神鋼環境ソリューション」社でも初代の社長の就任[6]。業界に先駆けた環境事業の再編戦略の一環として、ごみ処理水処理プラント装置の製造・販売に加え、特に外国向けの海水淡水化土壌浄化事業も推進。その売上目標を「5年後に連結売上高1000億円、経常利益80億円」と大きく掲げた。

この目標を「神鋼の事情による統合」と批評した業界だったが、その2年後、鉄鋼や重工、造船など大手14社が全て環境事業の再編に乗り出した[7]

神鋼ラグビー部7連覇の生みの親

平田は神戸製鋼所ラグビー部の担当部長だった1988年(昭和63年)シーズン、ラグビー部の主将平尾誠二、副将大八木淳史藤崎泰士らを盛り立て、創部60年目の記念の年に、悲願の日本一を達成した。

初の全国制覇を果たす前の神鋼ラグビー部は、新日本製鉄釜石ラグビー部より長い歴史を持つ名門クラブながら、「関西の中堅チームという立場に甘んじる時代が長く続い」ていた。加えて、1985年プラザ合意による円高不況の影響を神鋼が受けていた頃で、ラグビー部の初優勝が社員の心に明るい光をもたらし、「ラグビー部が神鋼の共通文化となり、業種・職種などの違いを通り越した存在になっていった」と、平田は述べている[1]

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI