平群清麻呂 From Wikipedia, the free encyclopedia 平群 清麻呂(へぐり の きよまろ、生没年不詳)は、奈良時代の貴族。姓は朝臣。官位は従五位下・信濃介。 桓武朝の延暦4年(785年)、正六位上から従五位下に昇叙した。同月、布勢大海の後任の典薬頭となり、さらに同年のうちに官職を麻田𤝗賦と交替し、紀継成の後任の大膳亮に転任した[1]。同9年(790年)多治比賀智の後任の信濃介となる。この時の信濃守は藤原乙叡であった[2]。以後の経歴は不明である。 官歴 『続日本紀』による。 時期不詳:正六位上 延暦4年(785年) 正月7日:従五位下。正月10日:典薬頭。11月12日:大膳亮 延暦9年(790年) 3月9日:信濃介 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『続日本紀』巻第三十八 ↑ 『続日本紀』巻第四十 参考文献 『続日本紀』5 新日本古典文学大系16 岩波書店、1998年 宇治谷孟『続日本紀 (下)』講談社学術文庫、1995年 『日本古代氏族人名辞典』p573、坂本太郎・平野邦雄監修、吉川弘文館、1990年 『日本人名大辞典』講談社、2001年 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles