平翰 From Wikipedia, the free encyclopedia 平 翰(へい かん、生没年不詳)は、五胡十六国時代の後燕の人物。燕郡薊県の出身。 生涯 後燕に仕え、海陽県令に任じられていた。 396年2月、兄の征東将軍平規は博陵郡・武邑郡・長楽郡の3郡の兵をまとめ、魯口で後燕に反乱を起こした。平翰も挙兵、遼西がこれに応じた。 平翰は龍城へ移ったが、清河公慕容会が遣わした東陽公慕容根らに撃破され、山南へ敗走した。 これ以後の事績は、史書に記されていない。 家系 兄弟 平幼 平睿 平規 参考文献 『晋書』巻123 『資治通鑑』巻108 『十六国春秋』巻46、巻52 脚注 Related Articles