十六国春秋

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十六国春秋』(じゅうろっこく しゅんじゅう)は、中国北魏に撰せられた、五胡十六国時代に関する歴史書である。五胡十六国時代という名称の由来になった。原書は『隋書』「経籍志」によれば、全102巻である。散逸しており、現存するものは全て後世の復元書(輯本)である。

北魏の崔鴻が撰した原本は北宋代には散逸してしまっており、現代まで伝えられてはいない。清の紀昀は以下のように述べている。

鴻が作るところの『十六国春秋』一百二巻は『魏書』本伝に見えたり。『隋志』・『唐志』皆著録す。宋初の李昉等、『太平御覧』を作るに猶お之を引く、『崇文総目』始めて其の名を佚す、晁、陳諸家は書目に亦た皆な載せず,是れ北宋に於いて亡ぶなり。

(現代日本語訳)崔鴻が編んだ『十六国春秋』一百二巻は、彼の伝記である『魏書』崔鴻伝に編纂についての記載があり、『隋書』経籍志、『新唐書』経籍志にも記載がある。北宋の『太平御覧』の編者李昉も『十六国春秋』を引用しているところを見るとその時代までは残っていたのだ。(ところが大中祥符8年(1015年)の火事で宋の帝室図書館崇文院が焼失し、焼け残った書物の目録である)『崇文総目』には『十六国春秋』が載っていない。それ以後の学者の本にも出てこない。これは北宋時代になくなってしまったと見てよいだろう。

紀昀、『欽定四庫全書』史部九・載記類提要「十六國春秋」

[1]このように原本の全102巻は、司馬光が『資治通鑑』の編纂に引用した北宋時代には二十余巻を除いて散逸していた。現行の四庫全書に収められている100巻本は、代になって、屠喬孫・項琳の二人の学者が『北史』や『晋書』「載記」などの諸書から輯佚したものであり、原本とは異なっている。これを屠本『十六国春秋』という。[2] 以下のウィキソースのものは屠本『十六国春秋』である。

異本『別本十六国春秋』 『十六国春秋輯補』

構成

脚注

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