平貞蔵 From Wikipedia, the free encyclopedia 平 貞蔵(たいら ていぞう、1894年8月7日 - 1978年5月28日)は、日本の思想家。新人会、昭和研究会に参加。昭和塾を設立。 山形県東置賜郡佐沢村(現在の長井市上伊佐沢)に平八蔵の二男として生まれる。米沢中学校、第三高等学校を経て、東京帝国大学法学部政治学科卒業。東京帝大の新人会に所属[1]。 佐々弘雄の紹介で、奉天において後藤隆之助らに会い、これが縁で昭和研究会の支那問題研究会に参加することになり、多くの軍人と接触した。ソ連旅行中の宮本百合子と会っている(「道標」) 1926年〜1928年、1931年から1933年にかけ、法政大学図書館館長に就任。 昭和13年(1938年)5月に大山岩雄とともに中支視察のため上海へ赴き、6月に野田清海軍少将らと現地視察談を昭和研究会で発表。 法政大学経済学部教授、満鉄の参事などを務めた後、佐々弘雄とともに昭和塾を設立して講師を務めた。 著書 『商業史概論』巌松堂書店, 1933 『満蒙移民問題』日本評論社, 1933 『事変処理の理念』東洋書館, 1940 『共栄圏の北と南 :論文と随筆』三友社, 1941 『東南アジアの資源構造』(アジア経済研究シリーズ アジア経済研究所, 1962 共著 『新体制とは何か』平貞蔵 [ほか]講述. 亜細亜出版社, 1940 翻訳 ランベール・ケトレー『人間に就いて』山村喬共訳. 岩波文庫 1939-40 王室国際問題研究所 編『民族主義 其の生成と発展』監訳. 東洋書館, 1942 『民族主義 其の生成と発展』訳編. 東洋書館, 1942 脚注 [脚注の使い方] ↑ “平貞蔵|米沢日報-山形県置賜地域の新聞”. http://www.yonezawa-np.jp/html/museum/12taira.html 2020年1月19日閲覧。 典拠管理データベース 全般ISNIVIAFWorldCat国立図書館アメリカ日本 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles