平野岳史
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経歴
神奈川県横浜市出身。小学3年のときに父を亡くし、母子家庭で育った[2]。1984年に神奈川大学経済学部経済学科を卒業後、金融関係の会社に入社したが、約3年で退職し、その後はフリーター生活を送った[3]。1987年に家庭教師派遣事業を行う神奈川進学研究会を設立し、1990年には人材派遣会社の株式会社リゾートワールド(後の株式会社フルキャストホールディングス)を設立して代表取締役社長に就任した[3]。同社はスポット派遣と呼ばれる短期人材派遣事業を手がけた。平野は事業開始前に同業他社に登録して自ら派遣スタッフとして働いた経験から、登録者がより丁寧に扱われる必要があると考え、翌週払いが慣例だった給与の即日払い化や、作業現場への出勤を促す連絡などを導入して派遣先の信頼を高めた[2][4]。同事業で急成長した同社は、2001年に株式を店頭公開し、2003年に東京証券取引所第二部、2004年に同第一部へ上場した[3]。この時期、フルキャストは日雇い派遣業界でグッドウィル・グループと並ぶ大手とされ、両社は競合関係の中で業績を伸ばした[3]。ピーク時の連結売上高は1000億円規模に達した[3]。2007年8月、フルキャストは労働者派遣法で禁止された港湾運送業務などへの違法派遣を理由に、厚生労働省東京労働局から全事業所に対する事業停止命令を受けた[5]。さらに2008年、停止命令期間中にも派遣を続けていたとして2度目の事業停止命令を受けた[6]。平野は最初の事業停止命令を受けた際、経営トップとして結果責任を取るとして、再発防止策の発表と同時に自らの代表権返上と経営権の委譲を表明した[4]。役員報酬の一部を返上したうえで、2007年に取締役会長(代表権なし)、2009年に取締役相談役へと退き、2014年には役員から退任した[3]。その後、2015年に同社取締役会長として経営に復帰した[3]。50歳を過ぎてから娘の影響でダンスを始め、日本ではダンサーが職業として活動できる環境が乏しいと考えたことを背景に、2020年、プロダンスリーグ「D.LEAGUE」を運営する株式会社Dリーグを設立し代表取締役CEOに就任した[7][8]。2024年12月20日、フルキャストホールディングスの代表取締役社長兼CEOに就任した[9]。
著書
- 『満天の星-フルキャスト物語』アメーバブックス、2006年。 ISBN 4344990218