平野貴志 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 神奈川県横浜市緑区生年月日 (1985-06-04) 1985年6月4日(39歳)身長体重 174 cm78 kg平野 貴志基本情報国籍 日本出身地 神奈川県横浜市緑区生年月日 (1985-06-04) 1985年6月4日(39歳)身長体重 174 cm78 kg選手情報投球・打席 右投右打ポジション 投手経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 桐蔭学園高等学校 法政大学 日立製作所 JX-ENEOS この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 平野 貴志(ひらの たかし、1985年6月4日 - )は、元社会人野球選手。 神奈川県横浜市緑区出身。小学校2年から野球を始めた。小学校では加藤幹典と同じクラスであり、2人は同じ生年月日でもある。 その後桐蔭学園中に進学して軟式野球部に所属し、3年時に第17回全日本少年軟式野球大会でエースとして優勝に貢献。また桐蔭学園高校では2003年のセンバツにエースとして出場。1回戦では藤井宏海擁する福井工大福井高校に3対2で勝利したが、2回戦で谷哲也がエースの鳴門工に0対5で敗退した。同年の夏は神奈川大会準々決勝で横浜高校の成瀬善久と延長12回まで投げ合うも2対4で敗退し、甲子園出場は叶わなかった。 高校卒業後は法政大学へ進み、野球部では4年間で57試合に登板。最速146km/hの直球と高速スライダーで通算20勝9敗の実績を残した。2006年春にはベストナインにも選出されている。2007年ドラフトでは横浜ベイスターズから上位指名報道があるも、指名漏れ。 大学卒業後は日立製作所に入社したが、野球部では故障がちだったこともあって登板機会に恵まれず、2010年シーズン限りで戦力外となって退社。翌2011年からはJX-ENEOSに移籍[注釈 1]。2012年シーズン終了をもって引退を発表[1]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 社会人野球選手が野球部の休廃部以外で同地区の企業チーム間を移籍するのは非常に稀なケースである。 出典 ↑ この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。表示編集 Related Articles