『日本百貨店年鑑 昭和13年版』によると、
政友会代議士
岸田正記の経営する大連幾久屋百貨店は
1932年の時局の好転に乗じて10月に起工、
1933年9月に建築を完成して10月11日開店した。建物の全貌は
鉄筋コンクリート造り、建坪650坪、地下室共4階建で延坪2200余坪に達し、大連銀座の称ある浪速通りの中心地帯を占めている。同店の営業方針は地下を
日用品、食料品等の
マーケット式売場とし1階以上を
呉服、雑貨売場として大衆品よりも高級品を網羅し明朗なる百貨店として大連人士の信頼を集めている。
— 『日本百貨店年鑑 昭和13年版』[2]
現役の衆議院議員だった岸田正記は1936年に帰国、幾久屋百貨店の経営は専務だった弟の岸田正次郎に託される[3]。岸田正次郎は1939年、幾久屋百貨店の年商額が三越を抜き、大連のデパート首位になるまで繁盛させる[3]。奉天にも支店を出店する[3]。