幾坂古墳群

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出土品 勾玉管玉鉄鏃、鉄製品、漆塗革盾など
築造時期 古墳時代中期
被葬者 峰山盆地周辺を治めた有力者など
幾坂古墳群
所在地 京都府京丹後市大宮町周枳
出土品 勾玉管玉鉄鏃、鉄製品、漆塗革盾など
築造時期 古墳時代中期
被葬者 峰山盆地周辺を治めた有力者など
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幾坂古墳群(いくさかこふんぐん)は、京都府京丹後市大宮町周枳にある古墳時代中期の古墳群。

周枳(すき)の丘陵に位置する複数の古墳からなり、古墳時代中期の墳墓として知られている[1]副葬品として勾玉管玉鉄鏃、鉄製品、漆塗革盾などが出土している[1]

丹後半島を流れる竹野川の右岸側の丘陵上に分布している[1]

古墳時代中期前葉から中期後葉にかけて造墓された複数基の古墳が検出されている[1]

発掘調査

国道312号大宮峰山道路が建設されるのを機に、2021年(令和3年)9月1日から2022年(令和4年)1月28日まで、京都府埋蔵文化財調査研究センターによって発掘調査が実施された[1]。幾坂墳墓群では41基の古墳が確認されており、うち1号墳、40号墳、41号墳の3基が調査された[1]。2024年(令和6年)9月7日にはアグリセンター大宮で発掘調査報告会が開催された[1][2]

幾坂40号墳

幾坂40号墳は古墳時代中期前葉に造られた古墳であり、幾坂墳墓群の中で最も標高の高い場所に位置する[1]。墳丘の中央から埋葬施設が3基、一段低い平坦面で1基の埋葬施設が確認され、中心的な埋葬施設は幅約2.7m、長さ約6.7m、深さ約1.3mである[1]。本来の形状は定かではないが、円墳だった可能性がある[1]峰山盆地周辺を治めた有力者の古墳と考えられている[1]

出土品

棺内からは剣1本や刀2本を含む鉄製武器、鉄釧、瑪瑙勾玉2点を含む玉類、竪櫛3点が出土し、棺外からは鉄製武器に加えて漆塗革盾2点が出土した[1]。装身具や武器など多彩な副葬品が出土したのが特徴であり、鉄製武器の数は丹後の古墳でも有数の量である[1]。革盾は被葬者を邪悪なものから守る役目があるとされる[2]。漆塗革盾は丹後初の出土であるほか、京都府で2点同時に出土したのは初である[2]。これまで革盾が出土したのは畿内中枢部がほとんどであるため[2]、丹後と畿内の結びつきの強さを示しているとされる[1]

交通アクセス

脚注

外部リンク

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