広瀬栄
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養父市八鹿町九鹿出身。兵庫県立八鹿高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月、鳥取大学農学部農業工学科卒業。同年4月、建設会社に勤務。1976年(昭和51年)4月、八鹿町役場に転職。商工労政課長、企画商工課長、建設課長などを務める。
2004年(平成16年)4月、同月に成立した養父市の都市整備部長に就任。2005年(平成17年)3月、助役兼都市整備部長に就任。2007年(平成19年)、副市長に就任。
2008年(平成20年)5月31日、副市長を退任。同年10月26日に行われた養父市長選挙に立候補し、元副市長の和田金男と旧八鹿町長の浜道雄を破り、初当選した。
2012年(平成24年)、無投票により再選。2016年(平成28年)、元測量会社社長の大林賢一を破り3期目の当選。2020年(令和2年)、元副市長と元市議の2人を破って4期目の当選[3]。
2024年(令和6年)、5期目を目指したが、8年ぶりに市長選挙に立候補した大林賢一に敗れ、落選した。[4]