広野信衛 From Wikipedia, the free encyclopedia 広野 信衛(ひろの のぶえ、1924年11月6日 - 2011年10月30日)は、日本の経営者。日本ミネチュアベアリング(現在のミネベアミツミ)、東京計器各社長、会長を務めた[1]。 東京都出身[1]。1947年に東京大学工学部を卒業し、通商産業省、曙ブレーキ工業での勤務を経て、1971年11月に日本ミネチュアベアリング常務に就任し、1972年11月には社長に昇格[1]。1975年11月には副社長に退いた[1]。 1976年12月に東京計器専務に就任し、1985年3月には社長に就任[1]。1991年3月に会長に就任し、1996年6月からは相談役を務めた[1]。 1995年4月に勲三等瑞宝章を受章[1]。 2011年10月30日肺炎のために死去[2]。86歳没。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 7 人事興信所 2009, ひ90頁. ↑ (おくやみ)広野信衛氏が死去 元東京計器社長2011年 11月3日 日本経済新聞 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第45版 下』人事興信所、2009年。 先代高橋高見 日本ミネチュアベアリング社長1972年 - 1975年 次代高橋高見 Related Articles