弐キ参スケ 満洲国に強い影響力を有した軍・財・官の5人の実力者 From Wikipedia, the free encyclopedia 弐キ参スケ(にキさんスケ、2キ3スケ)は、満洲国に強い影響力を有した軍・財・官の5人の実力者のことである。 メンバー 以下の5人の実力者を指す。「弐キ参スケ」は彼らの名前の末尾からつけられた。 さらに見る 氏名, 在満期間 ... 氏名在満期間離満前役職離満後の主な役職 とうしよう/東條英機(とうじょう ひでキ) 1935年 - 1938年関東軍参謀長第40代内閣総理大臣 ほしの/星野直樹(ほしの なおキ) 1932年 - 1940年国務院総務長官第46代内閣書記官長 あゆかわ/鮎川義介(あゆかわ よしスケ) 1937年 - 1942年満洲重工業開発株式会社社長参議院議員 きし/岸信介(きし のぶスケ) 1936年 - 1939年総務庁次長第56-57代内閣総理大臣 /まつおか松岡洋右(まつおか ようスケ) 1921年 - 1930年、1935年 - 1939年満鉄総裁第63代外務大臣 閉じる 概要 第二次世界大戦終結後、5人ともA級戦犯容疑者として逮捕された。鮎川・岸の2人は不起訴となったが、東條・星野・松岡の3人は起訴された。東京裁判において、松岡は公判中に病死し、東條には死刑、星野には終身刑の判決が下った(星野は後に釈放)。 「弐キ参スケ」は、当時の満洲国での実力者を並べ称したものであり、彼ら全員に同盟関係があったというわけではない。岸は東條内閣の閣僚となったが、倒閣工作を行い、閣内不一致で東條内閣を退陣に追い込んでいる。 満洲三角同盟 5人のうち、鮎川義介・岸信介・松岡洋右の3人は満洲三角同盟とも称された。3人はいずれも山口県周防地方の生まれ、育ちである。この3人の間には姻戚関係もある。 松岡の妹婿の佐藤松介は、岸の母方の叔父である。岸の実弟である佐藤栄作は、叔父夫妻の長女で松岡の姪の寛子と結婚して婿養子となっている。 のちのことになるが、岸の長男信和の妻は、鮎川の従弟田辺譲の娘である。ちなみに、鮎川と田辺の祖母は井上馨の姉である。 関連項目 Summarize Fact Check 満州国 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks