弦楽セレナード (スク)
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スクは、プラハ音楽院で後に義父となるドヴォルザークに学んだが、ドヴォルザークはこの弟子を可愛がり、スクが学業を終えた1892年の夏(ドヴォルザークの渡米直前)、別荘のあるヴィソカー・ウ・プシーブラミにスクを招き歓談した。それまでスクは、短調の暗い曲ばかり書く傾向があったが、ドヴォルザークはこれを指摘して、気分転換に人生の明るい肯定的な面に目を向けて作曲したらどうかと助言した。また、ドヴォルザークは同時に娘であるオチルカをスクに引き合わせているが、スクは彼女に一目惚れし(1898年に結婚)、故郷であるクレチョヴィーチェに帰った後、恩師の教えとオチルカのことを思いながら本作の作曲を行った。夏の間に第3楽章までを一気に書き上げ、終楽章は多少手間取ったものの、ふさわしい主題を思いつくと2日間で完成させたと伝えられている。1896年にドヴォルザークとブラームスの推薦によりジムロック社よりスコアが出版されている。