張又侠
中国の軍人
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経歴
1950年7月、籍貫は陝西渭南、北京生まれ。父は張宗遜上将[2]。1968年、人民解放軍に入隊。
1997年、少将に昇進。
2005年11月、北京軍区副司令員。2007年7月、中将に昇進し[3]、同年9月より瀋陽軍区司令員を務める。ロシア・北朝鮮と国境を接する瀋陽軍区司令員として、2009年にロシアと中露合同軍事演習「平和と使命」を遂行。2010年9月には北朝鮮の平壌を表敬訪問して1日に最高人民会議常任委員会委員長の金永南と会談した[4]。
2012年10月、中国人民解放軍総装備部部長に昇進[5]。2013年3月15日、第12期全国人民代表大会第1回会議において中華人民共和国中央軍事委員会委員に選出された[6]。
2017年10月、中国人民解放軍の最高指導機関である中国共産党中央軍事委員会及び中華人民共和国中央軍事委員会副主席(いわゆる制服組トップ)に就任[7]。陝西幇であり[8]、父親の張宗遜が習近平国家主席(党総書記)の父・習仲勲と親しかった紅二代であることから取り立てられたとされる[7][9][10]。中国共産党第十九回全国代表大会においても中国共産党中央政治局委員に選出された[要出典]。
2022年10月、中国共産党第二十回全国代表大会において中国共産党中央政治局委員に再任された[11]。本来は中国共産党の定める退職年齢に基づいて引退する予定だった[要出典]。
2023年10月、中国・北京で開かれていた安全保障会議「北京香山フォーラム」では、更迭された李尚福前国防部長に代わって基調講演を行った[12]。
2024年8月29日、訪中したアメリカのジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)と会談。アメリカと台湾の関係について軍事的共謀をやめなければならないと主張した[13]。
2026年1月24日、中国国防部は張が「重大な規律違反」の疑いで調査を受けていると発表した[14][15]。詳細は公式には発表されていないが、翌25日に米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が詳細を報じ、それによれば、張は中国の核兵器に関する機密情報をアメリカ合衆国に漏洩したほか、李尚福の国防部長昇進を支援するために巨額の賄賂を受け取ったとして告発されており、中国軍は24日朝に高官向けの説明会を開催した。習近平は、張又侠が瀋陽軍区司令官を務めた2007年9月から2012年10月までの5年間の活動について徹底的な調査を行うため、特別作業部会を瀋陽に派遣し、作業部会は張又侠の地元支援ネットワークの影響を避けるため、軍基地ではなく地元のホテルに宿泊することを選択するほどの念の入れようでとあったとされる[16]。1月25日、『解放軍報』は張又侠と劉振立を非難する社説を掲載し、張らの失脚が確認された[17]。その後も中央政治局委員にはとどまったが、3月4日に開幕した中国人民政治協商会議に出席していないことがロイターの記者によって確認され、報じられている[18]。