形式主義 (数学)

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数学の哲学における形式主義(けいしきしゅぎ、: formalism)とは、数学を形式的な記号の操作と見なす立場である。この立場において、数学的命題は特定の意味を持たない記号の列として扱われ、証明とは、あらかじめ定められた規則(公理推論規則)に従って記号列を変形していく操作(ゲーム)であると捉えられる。

概要

形式主義の最も極端な立場では、数学はチェスや囲碁のような「ゲーム」と同種のものであると見なされる。この観点では、数学的対象(数、集合、関数など)は物理的な実体やプラトン的なイデアとして存在するのではなく、単なる記号そのものに過ぎないとされる。

現代的な形式主義の潮流は、ダフィット・ヒルベルトによって主導された(ヒルベルト・プログラム)。ただし、ヒルベルト自身は数学が完全に無意味なゲームであると考えたわけではなく、無限を含む高度な数学理論(観念的な数学)の正当性を保証するために、それをより確実で具体的な「有限の立場」に基づく形式的体系として定式化し、その無矛盾性を証明することを目指したのである。この点において、ヒルベルトの形式主義は、単に構造の形式性を重視したブルバキの構造主義的公理論とは区別される。

形式主義において、数学的命題は、具体的な意味内容から切り離された記号列(文字列)として扱われる。例えば、ユークリッド幾何学を一つの形式的体系と見なすならば、「ピタゴラスの定理」の証明とは、幾何学的な図形や空間の性質を語ることではなく、公理という初期文字列から推論規則に従って、「ピタゴラスの定理」を表す文字列を生成できることを示す手続きに他ならない。したがって、形式主義的な観点において数学的真理とは、数や集合や三角形といった対象「について」の真理ではなく、体系内での構文論的な正しさ(証明可能性)に還元される。

形式主義に関連する立場として、演繹主義英語版がある。演繹主義では、数学的定理は絶対的な真理ではなく、「もし公理系 A が真であるならば、定理 T もまた真である」という条件付きの主張(含意命題)であると見なされる。この立場では、公理系に適切な「解釈」(モデル)を与え、その解釈の下で公理が真となるならば、形式的に導出された定理もまた真となることが保証される。このように考えれば、形式主義は必ずしも数学が「無意味な記号ゲーム」であることを意味しない。形式的な体系は、それに多様な解釈を与えることが可能であり、その構造こそが重要となるからである(この側面は数学的構造主義とも親和性が高い)。

ダフィット・ヒルベルト

形式主義の歴史における主要な人物はダフィット・ヒルベルトである。彼が提唱したヒルベルト・プログラムは、数学全体を形式化し、その公理系が完全かつ無矛盾であることを証明しようとする壮大な計画であった。

ヒルベルトは、論争の余地のない確実な数学の一部を「有限の立場(finitary standpoint)」と呼び、この立場のみを用いて、無限集合論を含む数学全体の無矛盾性を証明しようとした。しかし、この目標はクルト・ゲーデルによって1931年に発表された第二不完全性定理によって決定的な打撃を受けた。第二不完全性定理は、「ある程度強力な(自然数論を含む)無矛盾な公理系は、それ自身の無矛盾性をその体系内で証明できない」ことを示している。

ヒルベルトが想定した「有限の立場」は、証明対象となる数学の体系よりも弱い(制限された)体系である。対象となる体系自身の内部ですら無矛盾性を証明できない以上、それより弱い「有限の立場」で無矛盾性を証明することは不可能であることが明らかになったのである。

ヒルベルト自身は、当初は演繹主義的な傾向を持っていたが、メタ数学(超数学)的手法による無矛盾性証明を重視するにつれ、記号そのものの操作を研究対象とする形式主義の立場を確立した。一方で、彼は「有限の立場」における直観的な数(具体的には計算可能な対象)については、その実在性を認める実在論的な側面も持っていた。

ルドルフ・カルナップハスケル・カリーなどの論理学者も形式主義的な立場を発展させた。現代の数理論理学者は、研究対象としては形式的な公理系を扱うが、その哲学的立場は様々であり、形式主義者であると同時に、数学的対象の実在を認める実在論者(プラトニスト)であることも珍しくない。

批判

形式主義に対しては、多くの批判がなされてきた。主な批判の一つは、形式主義が数学の「意味」や「真理」の側面を無視しているという点である。形式主義の立場では、数学記号は意味を持たない空虚な記号とされるが、実際の数学者は、記号が表す概念的な対象(数や図形)に対する直観や理解に基づいて研究を行っている。

また、形式化された証明は、原理的には可能であっても、実際に行うにはあまりに長大で複雑になるため、日常的な数学の実践とはかけ離れているという指摘もある(例えば『プリンキピア・マテマティカ』のような厳密な形式化は、初等的な算術の証明においてすら膨大な記述を要する)。

さらに、形式主義は「公理系が無矛盾であればどのような数学も許容される」とするが、なぜ特定の公理系(例えば自然数論やユークリッド幾何学)が他の公理系よりも重要視され、研究されるのかという問いに対して、十分な答えを与えることができないとも批判される。

参考文献

  • クルト・ゲーデル第II部 解説」『ゲーデル 不完全性定理』林晋八杉満利子訳、岩波書店〈岩波文庫 青944-1〉、2006年9月、73-309頁。ISBN 4-00-339441-0http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/33/0/3394410.html - 第I部がゲーデルの論文の翻訳、第II部が数学基礎論の歴史を解説したもの。
  • 佐々木力彌永昌吉 編「III 数学基礎論の世界」『現代数学対話』朝倉書店、1986年11月、149-221頁。ISBN 4-254-11045-6
  • ソーンダース・マックレーンほか第I部 数学の健康 マックレーン氏の意見とその反論」『数学の基礎をめぐる論争 21世紀の数学と数学基礎論のあるべき姿を考える』田中一之編・監訳、シュプリンガー・フェアラーク東京、1999年2月。ISBN 4-431-70797-2http://www.springer.jp/978-4-431-70797-4

関連項目

外部リンク

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